[82] 辛いですね 投稿者:みずの 投稿日:2004/03/19(Fri) 11:44

どうしようもなく弱い立場、選択の余地もなく約束や契約も有って無いような世界。ある日突然「家賃はいらないから3ヶ月で出て行ってくれ」と言われた人がいます。Iターンして二年、子供も生まれ地域にとけ込み始めた矢先の出来事でした。空き家は有っても借りられない、乳飲み子を抱えどうすればいいのか、家族に辛い日々がのしかかります。地域差・個人差が大きい問題です。一概に答が出せる話ではありませんが、Iターンは『生活を懸けている』ことが、山村や林業界では割と軽んじられているように思います。まぁ、「好きで勝手に来たんだろ」と言われてしまえばそれまでですが、お互いに早く次のステップに至りたいものです。森魚ぐるりさん、あなたの辛酸は必ずあなたや後進たちの糧になります。仕事がフリーになったとのこと、これまでにない責任が付いてきます。新しい展開を前向きに活かしていってください。事情も分からず勝手なことを書きました。ご容赦ください。


[81] 村を出た 投稿者:森魚ぐるり 投稿日:2004/03/17(Wed) 21:27

何年も住んだ村を出た。「地元の若い衆入ったから、よそものは出てってくれ」の一言に、いまでも胸が痛い。そんなやつばっかりじやなかった。楽しいこともあった。だから余計に痛い。どうしょうもない腹のちっちゃな班長と飲んでけんか。どれだけ気をつかったことかしれないのに、どれだけ我慢したかしれないのにあんまりしょぼい終わりかた。寂しいなぁ。
こんなところで愚痴をいってごめんなさい。
でも拾う神ありで、4月からはフリーでやることになった。
山は降りれなかった。
でもいつかまた、もっとのんきな山のむらで暮らしたいなぁ。


[80] 古民家解体・移築 投稿者:タマリン@Masanobu 投稿日:2004/02/24(Tue) 13:45

間伐掲示板での野風さんとのやりとりを中心に、参考資料として新しいページをアップしてみました。
http://tamarin.cside21.com/kan27.html

先日の古民家解体の手伝い日記もアップしました。
http://tamarin.cside21.com/diary296.html

それにしても、昔の人の智恵はすごいです。

みずのさんの近くには、使ってない古民家とかないの?
でもタイミングですねこういうのは。
ことがうまく運んでいるのは、アイターンしたHさんの地元での信頼が大きな決め手に
なっているように思いました。

寄合いや道普請に参加するのは当然として、Hさんは地元のお祭りの復興に尽力。
また、息子のK君は山の中腹の自宅(これも古民家を修復)から片道1時間半歩いて
中学に通っていたのだそうです。

まず日本の田舎では、ガイジンに古材を提供する、土地を貸す、なんてことはあり得ない。
しかし「Hさんの知り合いなら、間違いなかろう」という気運が生まれた様子です。

この古民家解体と移築プロジェクト、これから僕も応援しながら
学ばせてもらいながら、レポートを発信しようと思います。お楽しみに。


[79] Re[78]: 姫田さんのこと 投稿者:みずの 投稿日:2003/12/14(Sun) 01:39

あのー、田所さんってどの田所さん?
ワタクシ、高知の田所さんはお一人しか知り合いがないので、その田所さんでしょうか。だとすればお懐かしゅうございます。お元気ですか?で、他の方には何がなんだか解らないので、よろしければメールください。


[78] 姫田さんのこと 投稿者:田所賢一 投稿日:2003/12/07(Sun) 20:11

みずのさんへ
 びっくりしました。姫田さん、高知に来たときはアタシ大概運転手です。先日は姫田さんの喘息の妙薬とかで、カリン確保に奔走しました。知り合いの禅寺住職に頼んだり、無理云うたり^v^。


[77] 筋肉痛 投稿者:みずの 投稿日:2003/10/21(Tue) 22:47

全身が痛い。
特に太ももが痛い。
腰も痛い。
背中まで痛い。
「玉入れ」「綱引き」「大縄飛び」「ムカデ競争」「大波小波」「自治体対抗リレー」
たまたま地歌舞伎の島根公演に保存会が出かけて人が少なかった。
「水野さん、どやな?」
気が付くと膝の上にゼッケンが置いてある。
朝9時の開会から飲みっぱなしだし、若くはないし、
「勘弁してヨー」
とは言いながら、基本的に運動会好きなものだから、
すぐ出ちゃう。
大縄跳びは酔っぱらいには拷問だった。
ありゃ、ウサギ跳びだ。引っかかりコケまくり、醜態をさらした。
ここんとこ現場が切れちゃったし、やっぱ運動不足かね。
来年の運動会のためにも頑張って仕事取らねば!
年を痛感した一日でした。


[76] ありがとうございます 投稿者:みずの 投稿日:2003/10/10(Fri) 14:15

タマリンさん、お気遣いありがとうございます。
大丈夫なんです。
クサクサしてませんから。
寂しいというのは、例えば楽器の得意な仲間たちがセッションをしている中へ、スリーコードのストロークしかできない私が入っていけないようなもので、「調子外すと格好悪いよなー」ぐらいのことなんです。遠藤ケイさんの言葉は、なるほどと思います。そんな風に感じ始めたこの頃でした。「いつまでも続けては行けまい」と思うのは、どっち付かずの中途半端なような気がするからです。でも、祭りは楽しいから「よそ者オリジナル」で二つとも楽しみ続けるって手もありでしょうかね?
祭りや葬式や寄り合いは、よそ者が地域社会に混ざる良い機会です。区民運動会だってそうです。同じ暮らすなら楽しくおつきあいしていきたいですからね。今年もリレーに選ばれたらスパイク足袋で走ろうかな。


[75] Re.ヤッコとカヤ持ち 投稿者:タマリン@Masanobu 投稿日:2003/10/07(Tue) 19:05

みずのさん、あなたの、地元にとけ込もうとする尊い態度はとてもよくわかる。
だけど、寂しくなったときは、これからはこう考えたらどうだ?

「オレたちは村びとである前におおきな流域の生態系のひとりであり、海につながるものたちであり、ひいては地球人類なのだ」と。

もはや地球的に環境や生き方を考えねばならないところまで
時代と人類は突っ走っている。

僕らが掘り続けている日本「林業」は、地球からみればちっぽけなものかも
しれないが、その鉱脈はとてつもなく深いものだ。

地元民には地元民の強さがあるが、よそものにはよそものの強さもある。
ある意味で自由に、全国の人と渡り合って仕事をしている君を
きっと地元の人は羨ましがっているよ。

房総半島の田舎に丸太小屋を建て暮らす遠藤ケイは
初期の著作『雑想小舎から』(新宿書房・1982)のあとがきでこう書いている

「8年という歳月の中で、複雑な人間関係や、自然と共存していく生活に、葛藤し、疲れ、挫折と孤独感にさいなまれながら、決して捨てばちでもなく開き直りでもなく、結局、人間同士の心の結びつきは、お互いが胸を張って生きざまを披瀝し、それを容認しあうことからしか成立しないということを学んだ。土着民は土着民であり、ヨソ者はあくまでヨソ者でしかない。そして、ある意味でヨソ者であり続けることもまた必要だと思えるようになった」と。

心がくさくさしてきたら、君の友人のナナオサカキの笑顔を思い出せ。

僕らの子供たちが大きくなる頃はみな、地域性を包含したもっと大きな
地球人類になっているよ。きっと。

http://tamarin.cside21.com/


[74] ヤッコとカヤ持ち 投稿者:みずの 投稿日:2003/10/07(Tue) 00:14

以前にも書いたと思うが昨年の夏に引っ越した。
4年チョット暮らした村から隣の町へ。
村に暮し始めた年から、祭りの役をもらった。
「大奴」。隈取りのような化粧をし、かけ声をかけながら歩く。大奴がいれば小奴もいる。
この祭りは無形文化財に指定されており、400年ほどの歴史があるそうだ。軽快ではなく、威勢がよいわけでもなく、賑やかでもない。ただ淡々と掛け合いのウタが続く。
奴は酒を飲まされる。
と言うか、飲まされることにして飲む。昼前、顔を作ってもらう為に公民館に入った時から飲み始め、4時頃の終了まで節目節目で飲む。例えば、祭りの列が拝殿を一周する間に杯に浪波と三杯。祭りの間はずっと動いているので酒が回る。これが二日間続く。
花形の拍子を務める若者達は3mほどの竹刀を背負い、競いながら飾られた花を地面に掃き落とす。1年目の青年は大抵途中で倒れる。
凛々しい若者達とベロベロのオヤジ達。愛らしい幼児、少年達と淡々としたお爺達。総勢は100人を超えるはずだ。
息子は2歳の時から出させてもらった。訳も分からず、お兄ちゃん達について歩いた。昨年、3才の祭り前に引っ越したが、親子共に呼んでもらった。そして今年、また息子を呼んでもらった。ついでに親も出た。祭りは見るものではなく出るものだ。すでに住民じゃないのに、歓迎してくれる。「ずーっと来い」と言ってくれる。嬉しいことだ。

今住んでる町の祭りで役が当たった。と言うか、神楽の獅子役がたまたま足りなかった。5人一組で獅子を回す。いきなり頭を扱えるわけはないから獅子の足になる。頭1人に足4人。この獅子が暴れ、境内を走り回る。後ろ足だった自分は獅子の体のカヤを支える竹竿を持ち必死で着いて走る。見物人にぶつかるし、立木に激突するしカヤは破れそうになるし、やっぱり酒は入っているし、カヤの中は蒸し風呂状態だし・・・。見る方もやる方も、生きているように暴れる獅子に期待する。
「静と動」二つの祭りに出させてもらえることは、ありがたいのだが戸惑いもある。いつまでも続けてはいけまい。祭りは生活であり、文化であり、誇りであり、拠り所だ。よそ者の自分には祭りを「理屈じゃなくそう言うものだ」と言い切れない。リズムを取ろうとし、タイミングを合わせようとする。ドレミや何分の何拍子で理解しようとしたって無理なことは解っていても、体から笛の音が湧いてこない。「よそ者」であることを寂しく感じる時だ。
村の祭りの鬼を真似、お兄ちゃんたちの振りを真似る息子には、独特の節回しが染込んでいるのだろうか?
町の祭りの獅子を真似る息子には、微妙な頭の動きが染込んでいくのだろうか?
暖かい人たちに囲まれ、名前を呼んでもらえて感じる寂しさがある。自分はこの先どこで生きていくのか?
気さくな奴さんたちと年に二日間、しこたま飲んでみたいと思う。
見物人の歓声の中、蒸し風呂状態の獅子を思いっきり走らせてみたいとも思う。
優しい人たちに出会い、贅沢な悩みを持つ私は、なんて幸せなよそ者なんだと、村・町の人たちと、全ての巡り合わせに感謝する今日この頃です。
長くなりました。


[73] Re[72]: 紆余曲折 投稿者:背出正行 投稿日:2003/08/19(Tue) 06:53

みずのさん、背出です。有り難うございました。
私、こんな話が大好きなんです。
すごく興味深く読ませて頂きました。
私も輪島塗から、Iターンして林業に入りました。
林業は、まだまだ初心者です。頑張りたいと思っています。
輪島塗
http://www.yanagida.ne.jp/senade/
林業
http://www.nsknet.or.jp/~senade/
と二つのHPで発信しています。
有り難うございました。


[72] 紆余曲折 投稿者:みずの 投稿日:2003/08/19(Tue) 02:47

民族文化映像研究所(民映研)という、記録映画の制作会社がある。北は北海道・アイヌから南は琉球諸島、さらにバスクや北欧まで取材フィールドは極めて広く深い。研究所の所長・姫田忠義氏。70才を過ぎて体力的には衰えも見えるが、作品づくり、基層文化への洞察、周辺への気配りなど張り巡らされた毛細血管に流れる血流は、エネルギッシュで多くの人間を引きつける。

私が姫田氏に初めてあったのは22年前。放送映画の専門学生だった時だ。年に一度の特別講義で民映研の初期作品「奥会津の木地師」の上映と講演をしていただいた。講演の内容は忘れてしまったが、「皆さんの中に将来ドキュメンタリーを撮りたい人がいたら、酒に強くなりなさい」という言葉だけ覚えている。「奥会津の木地師」には圧倒された。そして「記録」することの重要さを知った。

専門学校を中退し、映像制作の現場に入った。17年後都会から抜け出し、林業に就いた。映像に携わった頃も、山に入ってからも民映研との繋がりは続いた。私が山での暮しを漠然とイメージし始めた頃、民映研入りを打診されたことがある。大いに迷った。仕事としては申し分ない。給料は少ないことに慣れていた。問題は東京での生活だった。とても耐えられそうになかった。迷う私に所長は「水野はもう少し泳がせておこう」と言った。泳ぎ続けた私は山にたどり着いた。

今年、民映研の記録作業が岐阜県郡上郡美並村で始まった。私の自宅から車で45分。陣中見舞いに行った。久々のロケ現場は懐かしく刺激的だった。ファインダー越しの世界が頭を駆けめぐった。

お盆、美並村。民映研スタッフと行動を共にした。撮影助手とサブカメラ。何年ぶりだろう。やり直しのきかない記録作業。緊張の連続。地元の方々との繋がりもでき始めた。所長はなんとか私たちの仕事に繋がるようにイロイロな方を紹介してくれた。

映像の世界を離れ、山にたどり着いた。
山村に暮し、林業に就き、それで十分に満足だが、期せずして民映研の撮影助手として現場に関わることができた。

「奥会津の木地師」の衝撃から22年。
今私は民映研の記録作業に関わっている。
そのことと、Woodsman Workshopの活動とは、私の頭の中ではまったく同列にある。

紆余曲折。
22年前には見えなかった何かが、少しずつ見え始めた。




[71] Re.火事 投稿者:yamahime 投稿日:2003/04/29(Tue) 09:44

う〜ん、カッコイイ。都市部じゃちょっと考えられないかも。


[70] 火事 投稿者:みずの 投稿日:2003/04/28(Mon) 22:45

今日の午後、私が昨年まで暮した地区で火災があった。事務所にいた私は広報無線を聞き急いで出かけた。現場は世話になった人の実家だった。消防団ではないが手伝えることはある。火災は納屋を全焼し鎮火した。幸い母屋に被害はなく怪我人も出なかった。火事が良いわけはないが、納屋だけで本当に良かった。

今回、改めて村の力を感じた。消防の動きが実に早い。過去に消防団を「軍隊ごっこ」と笑う書き込みがあったが、大きな勘違いだろう。皆それぞれの職場から駆けつけるのだ。近隣住民も大勢手伝いに来る。ずぶ濡れになり、真っ黒になり働き続ける。

火がおさまり一息つける頃に、親戚の方?が缶茶を配って回っていた。警察の現場検証が始まる頃、消防団は離れた場所で整列してなにやら号令をかけていた。団長や消防署の人が労をねぎらっているのか交代で話をしていた。隣家の親父さんや親戚の人達が、消防団に礼を言い深々と頭を下げた。
そのうちに同じ組の女衆が熱々の握飯と饅頭をもって現場にやってきた。火事の知らせを受け、飯を炊き始める役割があるのだ。

普段は適当に、悪口を言い合って生きているような山村に、何百回も稽古を重ねたような連携が存在する。誰が号令をかけるでもなく、一人一人が勝手に行動しつつも調和が保たれる。これはある意味一つの理想だろう。

また一つ村から大切なコトを教わった。
いつもこんな風にカッコイイ村だと良いのに、なんでかなー・・?


[69] Re[68]: 新しい土地で 投稿者:みずの 投稿日:2003/04/11(Fri) 23:25

ありがとうございます。
いろんなことがあります。
都会の暮らしからは想像できないことがたくさんあります。
そういったことを「エー!?」と思うか「そうか」と思うか、「ヤダなー」と思うか「おもしろがる」か、気持ちと興味の持ちようで、ずいぶん展開が変わってきます。

子供は呑気に仮面ライダーになりきってます。
ずっと呑気に暮らしてほしいと思います。


[68] 新しい土地で 投稿者:yamahime 投稿日:2003/04/08(Tue) 22:43


地域住民と関わる時間のより多い女性は、
家族の誰よりもその地に馴染むことに努力します。
そうすることが夫や子供達が馴染むステップになるように。
ステキな奥様ですね。
「縁の下の力持ち」でしょうか。

新しい移住者が声を大にしてハッキリ主張するのは
とても勇気のいることですよね。
これからもいろいろなことがあるかと思いますが
まだ幼いお子さんを育む環境です、
お父さん頑張って
地域の方々と、とことん食い下がってください。


[67] Re[66][65]: 埋め立て場 投稿者:みずの 投稿日:2003/04/08(Tue) 21:21

yamahime様、お気遣いありがとうございます。

やっと慣れてきた村を出て、また0からの始まり。でもなんとなく要領は分かってきたので、以前ほどの苦労はなさそうです。
そこに降って沸いた埋め立て場。先日は町長が助役さんたちを連れて公民館にやってきました。言いたい事と言わねばならないことは言いました。みんな歯切れの悪い回答で、日本全国一様なお役人を見ました。来た早々、言いたいことを言う羽目になり、自治会で浮いてしまうかと心配しましたが、逆に気にかけてもらっている状態です。近所の若いご夫婦も心配してくれて、仲良くなるよい機会になりそうです。埋め立て場は、どこかに造らなければならないものなので誰も彼もが建設に反対するわけにはいきません。問題はどういうものをどういう風に造るかです。住民の安心と安全を優先できない行政とは十分に話し合わねばなりません。

今回の住まいも、私よりカミさんが先に地域にとけ込みそうです。
なかなか家にいる時間が取れない今の仕事では、カミさんが頼りです。今度の場所もいい人たちが多そうでホッとしています。


[66] Re[65]: 埋め立て場 投稿者:yamahime 投稿日:2003/04/06(Sun) 18:56

新しいお住まいはいかがですか?
ご家族の方ももう地域に慣れましたか?


[65] 埋め立て場 投稿者:みずの 投稿日:2003/03/03(Mon) 21:51

昨年夏に隣町に転居した。
それまでの住まいはボロだったが、近所づきあいや慣習にも慣れ、
居ごごち良かった。出たかった訳ではなく、期限が来たから出た。
次の住まいを見つけるまでは、落ち着かぬ極めて精神衛生上悪い時間を過ごした。ペコペコ作戦で延ばしに延ばした期限最終日、起死回生のセンター前タイムリーで、どうにか居場所が確保できた。
が、畳は腐り、床は抜け、軒は折れ、雨戸は朽ちていた。
水回りの整備とトイレの修理、真夏の突貫工事が終わり、秋には室内に横になれるスペースもできた。
初めての冬、以前の家より標高にして300mは降りたのに寒かった。氷点下の外気は通過する室内でやや暖まり、再び外気となった。
なんとか冬をやり過ごし、一雨毎に近づく春の足音と共に穏やかならぬ話が舞い込んだ。
自宅から20mほどの所瓦礫の埋め立て場ができるらしい。
片方の端は、別荘地。
どこかに作らねばならない施設だから話は聞くが、担当職員の誠意のなさには呆れるばかりだ。キチンと説明する気なんて毛頭ない。説明に赴いたという実績だけのために寄り合いに来たようなものだ。別荘地に隣接させることも???だ。観光で食う自治体の端くれが別荘地の横にゴミ捨て場を作るか?別荘よりも住民が大切だろうが、私も住民だ。問題のない施設なら、役場の横や観光名所の横に作りやがれッてんだ!
瓦礫よりも頻繁に往来するダンプが憂鬱のタネだ。町の職員は最大でも一日13台の通行という。だからほとんど増加は無いに等しいと。日中の30分に1台の通行が無いに等しいとは・・・。
また落ち着かない日々が続く・・・。


[64] お世話になりました 投稿者:みずの 投稿日:2002/12/31(Tue) 20:31

来年は雪のない正月になりそうです。
私の所は元旦から、自治会の新年会です。
山の暮らしも、町の暮らしも、一晩寝たらお正月!

本年は、お世話になりました。
来年もよろしくお願いします。


[63] 秋は 投稿者:Mt.Ko 投稿日:2002/10/26(Sat) 07:55

人の少ない山間地に住んでいると、春と秋は忙しいですね。
9月から保育所の運動会・消防演習・町民運動会・物販イベント・町民祭り・学芸会・お祭り・防火査察など毎週末イベントが目白押しで、その間にきのこ採り、ブドウ採りに行かなければならないので(似非仙人のmustです)休みらしい休みがありません。
でも、これを楽しめないと田舎に暮らすのはキツイですよね。



http://www7.ocn.ne.jp/~f.forest/


[62] ミヤミツ様 投稿者:みずの 投稿日:2002/09/17(Tue) 22:06

渾身の連載、ありがとうございました。
林業に定着されたミヤミツさんの、次なる書き込みに期待します。

群馬での集いのI・Uターン分科会は結構熱のこもったモノになりました。会場にはミヤミツさんの投稿をROMしてきた人たちが少なからず居たと思います。

貴重な体験談をありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。
悩み、迷う人たちへのアドバイスもお願いします。


[61] Iターン体験談、完結です。 投稿者:ミヤミツ 投稿日:2002/09/15(Sun) 02:06

県と村からの補助を得てIターン林業就業者受け入れ住宅を建設してまで募集した我々Iターン者は村民からもかなり注目されていたらしく私が退職して村を出て行くという話はすぐ村中に広まったようでした。村議会でも当時村助役だった組合長が私の退職の件で説明を求められたとの事でした。(尚、私自身が村議会で直接傍聴した訳ではなく村民のある人から後日聞いた話です。)まず私の退職理由について聞かれた組合長は「家庭の事情。」と返答し「何故、村に残るように引きとめなかったのか?。」との問いには「引きとめたが本人の意思が固くて仕方がなかった。」と返答したとのことでした。常務理事に辞表を出したときに引きとめの言葉など一言もなくその上、組合長とは一度も会ってなかったのに自分の立場を守る為に嘘の答弁をした組合長に対し怒りというより情けなく思えてきました。
それから数日後が、私の仕事出勤の最終日でしたが相変わらずXは私を無視したまま別れの挨拶もなく最後まで本当にレベルの低い人間でした。
村を出て行く引越し当日に字の総代さんや近所の人が見送りに来てくれ、中には餞別まで渡してくれた人もいました。私自身、仕事でXや組合幹部の人たちとの嫌なことと同時進行で字の葬式やその他の行事、以前書き込みした公民館の負担金の件があったので素直な気持ちで字に協力できなくて悪かったなあと感じました。
そんなわけで、数年間で私の一度目のIターン人生は幕を閉じ、今現在二度目の林業Iターンを送っている訳ですが、以前働いていた森林組合は架線事故を起こされ怪我をした地元の人も辞め、私と同期で入ったIターン者も2人ともが辞めて他県で林業を続けているとの事です。ですから現在はXとZ、それとZの同期のIターン者2人の計4人が現業職員として働いているらしいです。私から見ればXと同じレベルの人間でなければずっと仲良く一緒に仕事をしていくのは無理じゃないかと今も思います。
以前、村助役だった組合長は組合長職をおりて、前回の選挙で村長になったと聞きました。森林組合のような小さな組織すら管理できなかった人間が村政を管理できる筈がないと思います。Iターン者の耳の痛いような叫び声に手で耳を塞ぐんではなくて、もっと真剣に耳を貸して欲しかったです。そうすれば私をはじめ他のIターン者も辞めずに済んだかもしれません。皆、家族とともに永住するくらいの気持ちで林業という仕事に飛び込んできたのですから。

今まで長々と私のIターン体験談を勝手に書き込みさせていただきすいませんでした。私自身の不満や愚痴を吐露させてもらっただけかもしれませんが、こんな世間一般の常識の通用しない林業事業体が現実に存在するということをこれからIターンで林業の世界に飛び込もうとしている人やIターン就林して壁にぶつかり悩んでいる人に少しでも知って欲しかったのです。
私は現在もIターンで林業を続けていますのでまた何かありましたら書き込みさせていただいても良いでしょうか?
今回にて私のIターン体験談はひとまず完結です。こういう機会、場所を与えていただき本当にありがとうございました。


[60] 続き 投稿者:ミヤミツ 投稿日:2002/09/13(Fri) 03:51

他県の林業事業体から採用通知をもらい退職予定日の30日前に森林組合に辞表を出す事にした私は、まず一応現業職員の上司であるXに口頭で退職の意思を伝えました。Xは一瞬驚いた顔をしましたが別にこれといった話も無く淡々としていました。その日の夕方に組合事務所に帰ったときに常勤の常務理事に辞表を手渡しました。常務理事も最初は驚いた様子でしたが、ろくに退職理由等も聞かずに私の「他県の森林組合へ転職する。」という言葉に対して「何処へ行っても日本の林業の為に頑張ってくれ。」の一言で辞表は受理されました。私自身林業がやりたくて永住するくらいの気持ちを持ってIターンとして家族とともに村に移り住んできたのにXとXをちゃんと管理できない組合長はじめ組合幹部が原因(私から見れば)で数年間で他の場所へ変わらねばならないのが正直とても悔しかったです。
辞表を出してから退職日までの約30日間は仕事で現場に出ていましたがXはほとんど私を無視していました。ある朝、いつもの集合場所の資材倉庫で皆が集まったときにXが「お前は、また次の仕事でよく林業なんか選ぶわ。俺やったら他の仕事をするわ。」と大声で私に向かって叫んできました。この時、本当に最後にXを殴り倒してやろうかと思いましたが、もう数日の辛抱なので我慢しました。
余談ですが、このXのいつもの口癖は「もう森林組合を辞める。」、「以前、辞表を出したら引きとめられたから仕方なしに森林組合にいる。」、「俺がいなくなったらこの森林組合はもう終わり。」などというものでした。
退職日が近付いてきたある日、村議会で当時組合長だった村助役が村をあげての林業Iターン者受け入れ事業に対する初めての離脱者が出たことに組合長として経緯、意見を求められ返答をしたのですがこの回答がまたとんでもない返答でした。
この続きは次回にします。


[59] 続きです。 投稿者:ミヤミツ 投稿日:2002/09/11(Wed) 00:25

ある日地元現業職員の一人が村有林の収入間伐の架線集材作業で集材機の運転中にアベックキャリアの巻上げ索(巻き綱)の上下操作を間違えてワイヤーを巻き切ってしまい巻き上げ索に付けていた鉄製釣りカギ(フック)が落ちて山の中で集材及び玉掛作業をしていた別の地元現業職員の頭部を直撃し救急車で運ばれ入院するという事故がおきてしまいました。幸い強度のムチウチ症の怪我で済みましたが、事故を起こした地元現業職員は「もう集材機の運転は怖くてできない。」ようなことを言っていました。事実、XがIターン組には「お前らはずっと使うことがない。」と言って絶対に触らせなかった集材機の運転操作をXに相談もせずにIターン組の一人(Zは集材機の資格を保持してなかったので別のIターン者)に教えはじめるようになりました。何日かかけて一通り教え終わったある日の朝、集合場所の資材倉庫に行くと突然、事故を起こした人が「さっき組合長に辞表をだしてきた。昨日付けで退職したのでお世話になりました。」と一人一人に挨拶をしてまわってきました。地元のX達にも事前の相談も無かったみたいでした。それを聞いて、組合勤務歴18年の人間が辞めるのに自己都合の退職時は30日以上前に組合に連絡と就業規則にあっても、世間一般の常識が全く通用しない組合なので辞める時もこんなんでいいのかなと思いました。その事故を起こした人は組合勤務しながらアルバイトで大型の材木運搬車に乗っていて平日の朝晩や休日も乗っていた(平日組合の仕事を休んで乗っていたという話もあり。実際よく休んでいた。)ので疲れから操作ミスを起こしたんじゃないかということでした。地元現業職員の退職によりXの仕事に対する取り組みかたが少しは変わるんじゃないかと思っていましたがZという愛弟子を得ていたので相変わらず好き放題の毎日でした。そんなある日、私自身就職をお願いしていた他県の林業事業体から採用の通知をもらい組合に辞表を出すことになりました。しかし、そこでの組合幹部の人たちの対応にはあきれるものがありました。
この続きは次回にします。 


[58] 続きです。 投稿者:ミヤミツ 投稿日:2002/09/08(Sun) 23:40

組合長はじめ幹部の人たちとの話し合いからいくら日にちがたってもXの態度が何ひとつ変わらず、Zを除くIターン組は毎日の仕事にもやる気を完全に無くしていました。「問題を早急に解決する。」と言っていた当時村助役だった組合長もそれ以後、何かの機会に会ってもXの件や話し合いの事には全く触れず自分の組合長の任期中にわずらわしい問題を起こしたくないように見えました。そんな組合長や幹部の態度を見て我々Iターン組は「組合幹部はこの組合をちゃんとした組織に変えようとしているIターン者より腐りきった地元現業職員を選んだということで、嫌なら辞めて村を出て行け。」と言っているのだと勝手に解釈しました。給料や休日等の待遇は現業職としては不満のない待遇でもこんな組織にいつまでもいたら毎日の仕事が面白くないし、なにより自分自身の心がXのように腐りきってしまう。と私自身感じてこの組合を辞めて村を出て行こうと決心し、色んな林業関係の情報を仕入れて何度も問い合わせをしてある林業事業体が受け入れてくれることが決まりそうになりました。そんなときにXとは別の地元現業職員が架線集材中に事故を起こし、それが原因で退職してしまいました。この続きは次回にします。


[56] 続きです。 投稿者:ミヤミツ 投稿日:2002/08/29(Thu) 15:02

Iターン組のうちの一人が地元のXと仲良くなってからそれまでは仲も悪くはなかったけれどお互いに一線を引いた状況になってしまいました。毎土、日曜日は仕事休みでしたがXとZは休日出勤と称して近隣の材木市場で原木市があれば市を見学に行き休日出勤手当をもらっていました。この市見学というのも市場ではちょっと見ただけで後は公用車でホームセンター等で行き買い物をして帰るというとても休日出勤とは呼べないものでした。もっとひどいのがXが収入間伐等で搬出した村有林材などを横領するために組合のユニック車への積み込み作業を休日に手伝わせZには組合から休日出勤手当を取らせるというものでした。そんな犯罪の片棒をかつぐような事をしてもZは休日出勤でお金が入ってラッキーぐらいにしか考えてないXと同じくらいレベルの低い人間でした。そんな状況の中でも組合長をはじめ幹部の人達がなんとかしてくれるんじゃないかと一部の望みを持って仕事に励んでいましたが全く何も変わらず、この組合を辞めて他の場所で林業を続けようという気持ちが私の心に芽生えはじめました。この続きは次回にさせてもらいます。


[55] 結婚おめでとう! 投稿者:TAKE 投稿日:2002/08/27(Tue) 21:14

僕の組合で僕の後輩である、(りょうにい)が、結婚し、嫁さんを連れて来た。実に喜ばしい事で、皆?喜んでいる。Iターン者で組合寮は、ほぼ満タンですが、ココのところ続けて3人も結婚した。しかし、悲しいかな、りょうにい以外は町外に住居をかまえた。彼は非常に真面目で、仕事量も相当な物だ!りょうにいが来てからもう、7年になるかな?同じ班で仕事した事はありませんが、その日を楽しみにしてます。嫁さんと協力しあって、良い家庭を築き上げて下さい。
結婚おめでとう!


[54] 続きです。 投稿者:ミヤミツ 投稿日:2002/08/26(Mon) 21:14

組合長、副組合長、常務に話し合いの場を持ってもらい自分たちの意見を伝えて地元現業職員Xの行動も少しはまともになるだろうと思って日々仕事に励んでいましたがいつまでたっても何一つ変わらないままでした。そのうちに我々Iターン組のうちの一人がXと仲良くなり(仮にその人の名をZとします)常にXと行動を共にするようになりました。このXという人は、地元村民からも「性格が悪い。」と嫌われているような人間で友達が少ないからなのか仲良くなったZをいつも自分のそばに置き、下草刈りや伐採など嫌な仕事などは他の者に回して自分たちは収入間伐の山土場での玉切りや整理、作業道の作業などあまり山の中へ入らないようになってしまいました。事実、Zがある日伐採作業をした後で「一年半ぶりに山の中で伐採をした。」と言ったぐらいでした。雨天の日は組合所有の木工所での勤務となっているのにXは他の者には木工所に行かしてZと木工所には来ずに資材倉庫で話しをして時間をつぶしたり車で隣町の機械のリース会社等に遊びに行ったりともう無茶苦茶でした。しかし、組合に提出する作業日誌には木工所での木工作業と嘘を記入したりしていました。そんなXの言うがままに動いて喜んでいるZが一緒に話し合いの席についた他のIターン組から見たら裏切り者に思えてきました。 この続きは次回にします。


[53] Re[52]: 続きです。 投稿者:こまむすび 投稿日:2002/08/26(Mon) 08:39

ミヤミツさんいつもは拝見してます。
続きが楽しみ・・・といっては人の不幸を楽しんでるようですが
きっと嬉しい結末があることを期待して次回を待っています。

こういった書き込から変わっていくことが、
後から来る者には大変有り難いことです。
明るい未来のためにこれからも書き込み続けてください。


[52] 続きです。 投稿者:ミヤミツ 投稿日:2002/08/18(Sun) 08:45

地元現場職員Xの数々の暴挙に耐えかねた我々Iターン組6人は当時の組合長、副組合長、常務に話し合いの席を持ってもらいXの仕事の取り組みかたに対する不満や将来的にIターン組をこの組合ではどういう方向にもっていくのか(このままXの下で飼い殺しみたいになるのか)など日頃思っている事をありのままに伝えました。我々の意見を一通り聞いた後の組合長の返事は
「地元現業職員にも言い分はあるだろうから、そちらの意見も聞いてからこの問題は早急に解決する。」
と事でした。これで少しはまともな職場になるだろうと期待していた我々Iターン組でしたが何日たってもXの行動は変わらないままでした。この続きは次回にさせてもらいます。


[51] 群馬の集い 投稿者:みずの 投稿日:2002/08/07(Wed) 23:55

ミヤミツさんの書き込みは、群馬の集いで報告しなきゃね。
森組は今必死になっているんだと思います。これまでは保護・育成が約束されてきたのに、「これからは一企業として対等にやっていきなさい、特別扱いはしませんよ」みたいなことを林野庁が言い出したもんだから。
一絡げにはできないけど、森組も林野庁も何やってんだかなー?


[50] 続きです。 投稿者:ミヤミツ 投稿日:2002/07/24(Wed) 21:33

ミヤミツです。前回の続きです。
前常務がいなくなってから、暫くして我々Iターン組は地元現業職員X達と合流させられて一緒に仕事をするようになりました。
しかしこのXがとてもレベルの低い人間で、現場のリーダーとして仕事の段取り等などを仕切っているのに一切責任はとらない。
指示も全くなくその日何処で何の仕事をするかだれもわからず、Xがいきなり車に乗り込んで走り出し、その後を皆が車でついて行って現場へ向かうなど常識では考えられない組織形態。
また、Xは人に指図されるのが嫌いで何処で何をするのか聞くと機嫌が悪くなり怒りだすので誰も何も聞かなくなってしまい、何回も殴ってやろうかと思ったことがありました。けど、地元の人ともめたらおしまいだと思って我慢していました。
きわめつけはXは収入間伐で搬出した村有林等を組合のユニックに積んで市場へ持って行き自分名義でおろしてお金を得る業務上横領もしょっちゅうやっていて、地下足袋や鋸などは組合の売店から横領し皆がそれを知っているのに他の者には「自分で買わな誰も買ってくれんぞ。」などという最低の人間でした。そういうのに嫌気がさして我々Iターン組が当時村助役だった組合長はじめ副組合長や参事に話し合いの場を持ってもらいX達の事について相談しましたが、組合長の対応にはあきれるばかりでした。
この続きは次回にさせてもらいます。


[49] 台風だぁ〜 投稿者:Mt.Ko 投稿日:2002/07/15(Mon) 18:05

いや〜やられました、6号のバカヤローと言うぐらい。
ヒューム管は詰まって折角造った作業道は沢となり。
そここで崩落して林道は田んぼと化しました。
これから新規で7.8号を迎えるとなると心配です。
明日は土嚢積みをしないで済むようにと祈りつつ。


[48] ご無沙汰です。 投稿者:ミヤミツ 投稿日:2002/07/13(Sat) 20:50

ご無沙汰しております。ミヤミツです。前回の続きです。
新任の組合長は前常務のもとで働いてきた事務職員に総スカンをくらったらしく、新任祝いの宴会の席にも怪文書を出した事務職員と現業職員X達しか出席しなかったようでした。その上、事務職員連名で新組合長の方針等に意見書を提出されいたたまれなくなって辞任したとの事でした。
またしても、組合長及び常務理事不在に逆もどりし我々Iターン組は不安をいだきつつ毎日仕事に励んでいました。しばらくして、当時の村助役が組合長に村役場の農林課OBが常務に就任することになると聞きちょっと安心していました。
ところが、この新組合長と新常務が全く頼りにならない人たちでした。この続きは次回とさせてもらいます。


[47] お礼 投稿者:岩城 投稿日:2002/07/01(Mon) 01:25

ひろひでさん、励ましのメールを頂いていいたのに、何も返事をしていなくてすみませんでした。
 じつは、この投稿欄を見たのが久しぶりでして、今日初めて気がついたしだいです。
 私の現状は、5月の終わりに、ここが主催した体験ミーティングに参加させてもらったのですが、その中で感じたのが、私の中途半端な気持ちでした。
 家に帰ると、妻と子供(小1.幼稚園)が街によく馴染んでいて、仕事に行くと、こんな仕事はいやだな・・・と思いながらも、結構忙しく、気がつくと1週間が過ぎている。といった感じで、自分の正直な生き方を言えずに、中途半端な自分に嫌気がさして、実はこのサイトもつらい?・・感じがして、当分見ていませんでした。
 逆にひろひでさんの行動力には、同じ年であれば、衝撃です。また僕なりにぐずぐず考えてみたいと思います。
 近況に変化あれば、教えてください。   


[46] Re[45][40][33]: 住宅探し 投稿者:岩城 投稿日:2002/07/01(Mon) 01:09

> > はじめまして岩城さん。私も本気で林業に就こうと思っている東京在住の41歳です。私の場合は宮城か山形で就職しようと思っていまして、住まいはインターネットで探しています。ただ就職活動は本格的にはしていません。と言うのも現在林業に必要な資格を取りに行って
> > いましてその間にいろいろと情報を取っています。
> > 住まいも就職する組合や民間の会社の場所によって変わると思いますが、まずどこで就職するか決めたほうがよいと思います。
> > 私は先月会社を辞めて本気で林業をやろうと思っているので今必死です。資格も「Iターン組として本気です」と言う所で取りに行っています。岩城さんも私と同年代ですのでがんばって下さい。


[44] Re[43]: 田舎の保育園 投稿者:みずの 投稿日:2002/06/24(Mon) 22:45

そうそう、窓拭きと高いところの掃除をさせられました。
やり出すと熱中して、家でもやらんことを・・・などとボヤキつつサッシの溝までキレイにしたのでした。


[43] 田舎の保育園 投稿者:TAKE 投稿日:2002/06/24(Mon) 20:14

僕の町では父の日を利用して保育園の父親参観が有る。男でなければ出来ない草刈や土管山の土盛り、プール掃除等、仕事が用意されている。言うならば愛校作業と言ったところだろうか。下の子が水野さんと同じで3月生まれ。4月生まれの子と比べるとやはり何事も劣る。最初は心配したがどったない?(この辺ではあんじゃない)その子も来年、小学校に入学する。上は3年生になる。早い物だ。お父さんのお仕事は何ですか?と言う質問に(山師!毎日木を切ってるよ)じゃー大人になったら何のお仕事をしますか?(漁師!?)何でやねん!
父親参観では実にリラックスした有意義な時間を過ごす事が出来たと思う。ただ、心配なのは人数。少ない。中学校まで同じメンバーで通う事となり、カワイソウな気もなきにしもあらず。複雑な気持ちです。水野さんが新しく暮らす町が素晴らしい町で有る事を願います。
新しい住所教えて下さいね。


[42] 父親参観 投稿者:みずの 投稿日:2002/06/24(Mon) 02:21

 保育園の父親参観に出席した。
 この村に暮らして4年。色々なことがあった。
まもなく隣町へ引っ越す為、村の保育園での最初で最後の父親参観だ。3月末に生まれた子供は他の子と同じペースでは事が運べない。ワンテンポ遅れながら付いていく。興味のないことには関わらずマイペースで遊んでいた。先生もそのことを問題にすることなく当たり前に受け止めておられるようだ。安心した。
 結婚と同時に山仕事を始め、村に暮らし、子供ができた。村内のつながりも深まり、参観日に他のお父さんと仕事の話がでるようになった。
 村長は事ある毎に少子高齢化の進む村を憂いているが、口先だけだ。Iターンに対してなんの考えも持たない村には、住みたくても住めないのだ。借家の期限が村民の切れ目。残念だが仕方ない。2DKの集合住宅に高い家賃を払うことはできない。空き家はあっても借家はない。たまたま住み続けることができなかっただけなのだ。暖かい人たちに助けられた4年間。優しいおばちゃん達の笑顔は一生の宝物だ。
 林業を山村抜きに語ることはできない。できるとしたらそれは暴力だ。山に思いを抱き林業を志すならば、山村を愛して欲しい。古くさいし、ネバネバしているが生きることの基本がある。自ら選択するのであれば安易な道は物足りないだろう。都会の理論や新しい・正しいと思いこんでいることなど大地の上では多くが些細な思いつきにすぎない。もちろん時代を変える力になるコトもある。思いつきと力の違い。そこを見極めよう。地に足をつけずに生きられる人はいない。
 ワンテンポ遅れてしまう子供は、私に考える余裕をくれた。


[41] Re[33]: 住宅探し 投稿者:ロジ 投稿日:2002/06/08(Sat) 00:27

はじめまして。宮崎県のロジと申します。
私は働きたい団体があったので、役場と団体に話をして1年程で移住をしました。
住居は、村営住宅を仮住まいとして借りています。
これから、空き家を探して移り住む予定です。
幸いにも〔こう言ったら村に失礼ですが)過疎の村なので、住居は沢山あります。
ただ、村に馴染む度合いによって情報の量に雲泥の差が出てくるようですので、
ひろひでさんの言うように、「どこで」を決めて、それから考えた方が良いんじゃないかと思います。
では、頑張ってください。

http://www2u.biglobe.ne.jp/~yanek/Eco0.html


[40] Re[33]: 住宅探し 投稿者:ひろひで 投稿日:2002/06/06(Thu) 17:49

はじめまして岩城さん。私も本気で林業に就こうと思っている東京在住の41歳です。私の場合は宮城か山形で就職しようと思っていまして、住まいはインターネットで探しています。ただ就職活動は本格的にはしていません。と言うのも現在林業に必要な資格を取りに行って
いましてその間にいろいろと情報を取っています。
住まいも就職する組合や民間の会社の場所によって変わると思いますが、まずどこで就職するか決めたほうがよいと思います。
私は先月会社を辞めて本気で林業をやろうと思っているので今必死です。資格も「Iターン組として本気です」と言う所で取りに行っています。岩城さんも私と同年代ですのでがんばって下さい。


[39] 仕事編です。2 投稿者:ミヤミツ 投稿日:2002/06/01(Sat) 16:53

ある日、私達Iターン3人組が下草刈りを終えて事務所へ帰ると突然
「今日の理事会で組合長と常務理事が任期途中で辞任しました。もう荷物も引き上げてしまったのでもう明日からは来ません。」
と事務所の人から連絡がありました。常務理事が採用した私達と最後の挨拶もないままでした。(常務理事は勤務歴30年位との事) 辞任理由は教えてくれませんでしたが後々の噂では常務理事が組合事業をする際に自分自身に利益があるように操作(実際は濡れ衣だったとの噂もあり)し、それを反常務派の事務職員が怪文書にして理事や村職員、県職員までにも配布したとのことでした。

翌日より組合長、常務理事不在のまま組合はスタートし私達Iターン3人組は老齢の指導員のもと下草刈りに現場へ向かう毎日でした。
しばらくして事務所の人から
「新しく組合長になる方から挨拶があるので夕方早めに事務所へ帰って来るように。」
と言われ、夕方早々に仕事を切り上げて事務所へ行くと前組合長と新組合長らしき人がいて、新組合長になる人というのが常務理事を辞職に追い込んだ怪文書を配布した事務職員が親しくしている人らしくその事務職員一人が笑顔を隠し切れない様子でした。(現業職員地元組のXも喜んでいました。) 新組合長は他の事務職員全員を敵に回しているのが理解ったのか、前組合長が涙ながらに辞任の挨拶をした後に新組合長が新任の挨拶での一声が
「本当は私は組合長などやりたくなかった。」
などというみんなの気持ちを逆なでするような新任の挨拶でしたが、とりあえず組合長が決まり、すこし安心していました。

しかし、その挨拶の日から10日位たったある日突然今度は新組合長が辞任してしまったのです。


この続きは次回にさせてもらいます。


[38] Re[37]: 仕事編です。 投稿者:みずの 投稿日:2002/05/29(Wed) 02:03

ミヤミツさん、お久しぶりです。
書き込み、お疲れさまです。
仕事編パートU、ワクワクです。


[37] 仕事編です。 投稿者:ミヤミツ 投稿日:2002/05/28(Tue) 23:07

ミヤミツです。今回は、私のIターン体験談仕事編を聞いてください。
森林組合現業職員として採用された私達3人は、まず山に慣れる為という理由で山仕事歴40年位の老齢の指導員のもと手鎌での下草刈りに汗を流していました。
私達が入った当時、森林組合の現業職員は地元の人が4人いました。その中にXという人がいて現業班を仕切っていました。
そのXと私達を採用した組合長、常務理事との仲が悪くて私達の事も気にいらないらしく話しかけても無視するなど私達Iターン組に対して嫌悪感をあらわにしていました。一方組合長、常務理事も
「X達とは一緒に仕事をさせない。将来Iターン組を増やして別の現業職員班をつくる。」
と宣言し間に挟まれた私達は、こんな状態でIターンとしてずっと働いていけるのか不安になりながらも毎日下草刈りに励んでいました。
そんな状態で半年位過ぎた頃、突然私達を採用した組合長と常務理事が事情により任期途中で辞職してしまったのです。


久々の記入で疲れましたので今回は、ここまでにさせていただきます。すいません。


[36] 単身ですか? 投稿者:TAKE 投稿日:2002/05/22(Wed) 23:53

当組合では寮がありまして、単身寮が今現在、2部屋空いています。妻帯者の部屋は(風呂トイレ付き)1つの空きがあります。家賃は月に3000円です。ちなみに初任給が日額8000円で年に1000円ずつ、上がり、最高15500円です。有給が最初は年8日。年1日ずつ増え、最高20です。賞与は最悪でも60万を切る事は有りません。しかし、林業の現状は厳しいですよ!


[35] Re[33]: 住宅探し 投稿者:背出正行 投稿日:2002/05/21(Tue) 06:44

岩城さんこんにちは。能登のセナデと申します。私、Iターンで林業をしています。
私の場合は、山間部で生活をしたいというのが最初の動機でした。
その後にそこの森林組合・作業員になりました。
自分で空き家を探し、村に入って、1年後に住民票を移し、2年後に林業に就きました。
林業は、もうすぐ5年になります。
林業を第一に考えていると難しいというか失望することばかりがあると思います。
輪島の自宅には家族が住んでいますが、ここから車で25分の所です。
近いというのが幸いだと思っています。
私の場合を書いてみました。有り難うございました。

http://www.nsknet.or.jp/~senade/


[34] Re[33]: 住宅探し 投稿者:みずの 投稿日:2002/05/20(Mon) 23:40

一概に言えないのですが、厳しいでしょう。ただ、就職するのであれば森組なり事業体が探してくれましょうが、選ぶことは難しいと思います。Iターンの受け入れも自治体によってマチマチで、私がいる村はまったく気がありません。隣接する村は積極的にIターンを受け入れ、役場の職員にも抜擢しているのですが・・・。本当にイロイロです。住む場所の選定に際して、行政の少子高齢化対策、過疎化対策なども重要な判断基準になります。林業だけ見ていては林業を続けることはできないと思います。参考にしていただけますでしょうか?


[33] 住宅探し 投稿者:岩城 投稿日:2002/05/17(Fri) 22:37

41歳になろうとしているものですが、林業には表面的には興味があり、条件さえ整えば、本気で就職したいと思っていますが、いろいろ見ていると、住宅探しも自助努力のように言われていますが、一番気になるのが、住宅なのですが、やはりかなりきびしいものなのでしょうか?


[32] Re[31]: 補足させてください。 投稿者:みずの 投稿日:2002/05/13(Mon) 00:45

ミヤミツ様

是非是非書き込みお願いします。
短編の連載モノにしていただくと良いかも知れません。

よろしくお願いいたします。楽しみです。


[31] 補足させてください。 投稿者:ミヤミツ 投稿日:2002/05/09(Thu) 23:00

みずのさん返信ありがとうございます。ミヤミツです。前回の記入について一部補足させていただきます。
私のいた村の字(あざ)では、みずのさんの言われる区費のような使用目的で字費(あざひ)という名の集金が年1万5千円位ありました。(字費も字を離れると一切返金されません。)
その字費の積立金と村からの公民館建設補助金を合計しても建設業者の見積額に足りない為に一軒あたり7万円の負担となりました。

まだ聞いていただきたい仕事編の話がありますが、私自身文章作成が下手なので読まれる方も読みにくいと思います。それでも良ければ近々記入させていただきます。


[30] Re[29]: 続 田舎生活編です 投稿者:みずの 投稿日:2002/05/07(Tue) 23:45

ミヤミツさん、貴重なご報告ありがとうございます。たいへん楽しく?拝見しました。ご苦労お察しします。

私と比較しますと・・・
1、道路掃除・・・クリーンアップ作戦(道路掃除+空き地の草取り+花壇づくり)が年に一度あります。
2、上水道・・・・同じヤマ水を引いているのは三軒、うち、煮炊きに使っているのは我家だけ。ですので、奥山まで修理に出かけます。時には仕事を休まねばならないこともありました。
3、消防はありがたいことに入っていません。
4、駅伝はありがたいことにありません。
5、葬式は連絡のあった晩が「相談」。米を二合ずつ持ち寄ります。翌日と翌々日が通夜、告別式。二日+一晩拘束されます。ありがたいことに墓堀はありません。

ここまでは、私としては結構面白がってやっています。葬式を面白がるとは不謹慎ですが、習慣や仕来りがまったく違うことと、組の人が総出で送ることが温かく感じて嫌いではありません。クリーンアップ作戦は誰か「もう止めよう」と言わないかなー。

選挙については、「今度の○○選挙は、誰それでいくことになったから、よろしく」と連絡がありましたが、これには「???」でした。
これが「自民王国・田舎の選挙か!」と笑いました。しかし、ありがたいことに後援会はありませんでした。

さて、公民館の工事費七万円ですね、チョット違いますが私の居る区では、年に二万円ずつ区費を集めます。住民は確か自動的に財産区の会員で区費は区のために使われます(公民館やお宮の修理など)。その他諸々あるのでしょうが、区を離れるときは全ての権利を放棄してお金も一切戻りません。額が高いことに不満はありますが、この程度なら郷に従っていようと思っています。いつか出ていくかも知れませんが、ずっといるかも知れないので・・・。で、七万円ですが、額が額だけにこれはチトきつい。居たような事はアチコチであるような気がします。これは、これからのIターンと村落との関わりにおいてのチョー重要課題が含まれていると思います。ミヤミツさんのさらなる続編に期待?すると共に、他の方々の似たようなお話、お考えもお聞かせ願いたいものです。
ミヤミツさん、長編お疲れさまでした。続々をお願いします。


[29] 続 田舎生活編です 投稿者:ミヤミツ 投稿日:2002/05/07(Tue) 02:41

ミヤミツです。又、前回の続きを記入させてもらいます。
7万円の自己負担を言い渡された私達はまず受け入れ住宅の所有者である森林組合へ負担してもらえないか相談しました。というのも
*就職の際に自分の意志でこの字(あざ)に入って来た訳じゃなく受け入れ住宅に入るように言われてそれがこの字だったと言うこと。(他の字は公民館は昔からあり公民館建設費等は不要である。)
*もしも森林組合を退職した場合、Iターン者は受け入れ住宅を出ていかなければならず、字に持ち家を所有している地元の人とは立場が違うと言うこと。(森林組合で一括して払っておけばIターン者の入れ替わりがあっても問題ない。)
以上のような理由で当時の組合長と常務に直談判しました。最初は
「念の為理事会にかけるがまず組合負担で大丈夫。」
との返事をもらい安心していたのに理事会が何回あっても一軒あたり7万円自己負担の件は議題に出してもらえずその都度常務から、
「次の理事会には絶対かけるから。」
と言われ半年以上が過ぎた頃に突然
「組合負担出来ないからみんな自己負担してくれ。」
との返事が・・。結局、常務と組合長は理事会にかけずに前言をひるがえしてIターン者個人と字との問題にしてきたのです。
そこで私達は字の総代さんに、 とりあえず7万円ずつ支払うけれども、もし森林組合を退職した場合に字や村を出ていかなければならないのでその時点で返金してもらい次にIターンで受け入れ住宅に入って来る人から新たに徴収してもらえないか との旨を伝えました。
すると数日後、総代さんが妥協案として 7万円払ってもらって字を出て行った場合に、1年目は1万円引き 2年目は2万円引きと年1万円引きで7年以上住んでいたら返金なし。で次に入ってくる人(受け入れ住宅に限らず字に入って住む人対象)に1年後に来た人からは6万円徴収 2年後に来た人からは5万円徴収で7年以上先に来た人は負担なしという訳の分からない規定を提示してきました。私自身、その時点で森林組合を辞めて他へ行く決意をしていたので最低でも1万円を2度とくるかどうかも分からない村(字)や私が入って使用するかどうかも分からない公民館の為に支払うのは納得いきませんでしたが、今まで数年間お世話になったお礼として支払おうと決め総代さんに7万円を渡しました。

それからしばらくして、他の地で就林する事が決定し引っ越しの際に総代さんから公民館建設負担金を返却してもらいました。勿論 在住年数分を差し引いた金額を。
某村の某字の公民館建設には今となっては全く関係ない私達(私の後にも退職者が出たとの事)のお金が使われています。

*しばらくしてから字の人に聞いたのですが、その字にすぐ後から入って来た人が何人かあったのに誰からも公民館建設費負担金を徴収しなかったとのことです。 


[28] 田舎生活編です。 投稿者:ミヤミツ 投稿日:2002/05/02(Thu) 22:16

ミヤミツです。手違いで以前の投稿を消してしまいました。どうもすいません。soneさん返信ありがとうございます。あまり期待されましても肩すかしになるかも知れませんので気楽に読んでください。では、前回の続きを記入させてもらいます。
田舎生活編(近所付き合い等)と仕事編の2編ありますが、今回はまだマシな方の田舎生活編を聞いてください。森林組合に採用され、受け入れ住宅に入居した私達3人(3人共妻子有)は、田舎暮らしは地元の人に嫌われたらおしまいだと思っていて、地元の人の要望には出来るだけ応えるように努めていました。道路の清掃作業、古くなった上水道管の交換工事(住宅のある集落よりずっと山奥の谷からパイプで谷水を引いてタンクに溜めて砂でろ過して各家庭へ送って飲料水等に使っている.)運動会、消防団への入団、駅伝大会への参加(7〜8キロ走らされる)などはまだ良かったのですが、私があれっと思い出したのは同じ字(あざ)のお年寄りが亡くなった時でした。その地方では、そういう時に字の団結力を他の字に見せるらしくいきなり近所のおばさんがやって来て「何日がお通夜で何日にお葬式があるので旦那さんは何時にどこへ奥さんは何時にどこへ来て」と一方的にいわれました。しかたなく仕事を2日間休んで指定された場所へ行くとスコップで埋葬する墓を掘ってくれとのこと。(その地方はまだ土葬です。)掘り終わると、お通夜とお葬式の準備(テントを張ったりいすを並べたり山に竹を切りに行って飾り付けをしたり)と言われるままに動き(勿論香典も出してます)葬式当日、棺桶を担いで掘った墓へ埋葬して帰宅時にふと、今日葬式をした人は同じ字だけれども一度も会った事も見たことも無い人なのにここまでしなければならないのかなあ と思いました。その後、別の人が数名亡くなった時も当たり前のように毎回呼び出される度に 「もしも自分が亡くなってもここで葬式することもないし墓もここにはないのだから」と思い出して嫌々行くようになってしまいました。他に国会議員や県会議員の選挙があると字の総代さんが推している候補からいきなり後援会入会ありがとうございます。との葉書が、、、総代さんが了解も得ずに勝手に私と妻の名前を使って入会手続きをしていたのです。しかも当然のように票も頼むとの事。直接文句を言う事もできなかったので、選挙当日に投票所に行かず棄権すると後日「××さんは来てなかった。」と不機嫌そうに言われました。投票所に行って白紙で出しても良かったけれど、なんか従ってるような気がして嫌でした。村長選挙や村会議員選挙はもっと壮絶でした。なんせ有権者数が少ない上に私たちIターン組だけで6票あるのですから・・(1年後にはもう3人Iターン組が増えたので選挙票も倍の12票になりました。)あと総代さんがらみで言うと、その字には公民館が無く公民館建設が字の人の30年来の希望との事でした。(字の集会等は総代さんの家に集まっていました。)ある時、字の総会で総代さんから 公民館を建設するので村に補助金を申請した との事。建てる場所は××と聞いてびっくりそこは数週間前から基礎工事をやっている場所でその業者にもう発注してあるとの事 もっとびっくりがその業者が工事代金をはっきり教えてくれないので分からないがたぶん補助金内で賄えるだろうとの事。そんなどんぶり勘定で大丈夫かなあと心配でしたが工事業者も村内の業者で総代さんと親しいらしいので大丈夫かなと思っていたら数週間後に臨時集会があり「工事業者の正式見積額が村の補助金では足りないので1件あたり7万円の自己負担をしてくれ、これは事後承諾だ 。」と言う総代さんの言葉におもわず頭が真っ白になりました。というのもその時には後日書き込み予定の仕事編の件もあり村を出ていく決意をしていたので7万円が捨て金になってしまうと・・・この話はもう少し続くのですが、今回はこの位にさせていただきます。葬式の件、選挙の件、公民館の件で皆さんの意見や経験をきかせてください。
*申し遅れましたが私は現在その村を出て他の場所で林業を続けています。


[27] Re[26]: 初めまして 投稿者:sone 投稿日:2002/05/01(Wed) 18:49

始めまして、ミヤミツ さん。
面白い話題の提供有難うございます。
続きが早く読みたいです。楽しみです。さて、どういう奇想天外な展開になるのか・・・?ワクワク


[25] Re[24]: 組にお嫁さんが来た 投稿者:ひで 投稿日:2002/04/30(Tue) 20:39

遠方より間接にではありますが。
おめでとうございます。

Iターンで村に入った者にとっては人事ではない話。
はやく生活になじめることを願っています。
水野さんがどんどん交流を深めて。
良い噂を村中に広めてくれることを期待しますよ。
知らないことは何よりも不信感を深めます。

中国の食材、町の方では中国人の経営する店がありますが。
たぶんそちらにはないでしょう。
岐阜市にはあるのかな?
ぜひそんな情報も集めてあげてくださいね。


[24] 組にお嫁さんが来た 投稿者:みずの 投稿日:2002/04/28(Sun) 22:25

僕の暮らす村の区の組の隣の家に、中国からお嫁さんが来た。
全国の農山漁村を相手に国際結婚の斡旋をする会社があるそうで、そこの紹介による結婚、新郎はまもなく50才になる長男で、本家でもあるため未婚は深刻な問題だった。披露宴で僕は心地良い酒に酔い、祝福させていただいた。

彼が中国の人と結婚を決めるにあたって、様々な苦悩があっただろう。高齢な両親との生活がある、母親は「言葉が通じないのはやっぱり・・」と、一度は息子に言ったらしい。花嫁にしても一人国外に嫁ぐには相当な勇気がいっただろう。しかも山村。日本と言えば東京・大阪をイメージしたって無理もない、しかし、山奥。

笑顔のすてきな人で、新郎と寄り添う姿は微笑ましかった。
彼女が来る前、区の人たちのうわさ話は中国ネタが急増した。でもほとんどがマイナス志向だった。賭け事が好きだの、里帰りしたら戻って来ないだの、金を持って逃げるだの、聞いていて腹が立ってきた。近く息子が日本人女性と結婚する男は、したり顔で中国のマイナスネタを披露した。どこで仕入れてくるんだか、殴ってやろうかと思った。

まもなく50の新郎はとても朗らかな人で、ご両親も優しい気さくな人だ。我家はまったくお世話になりっぱなしのご家族で、僕はこの結婚が嬉しくてしょうがない。拭えない不安を満面の笑みに隠して「お願いします」と僕たちに頭を下げるお母さん。披露宴で「ご親戚、お組合の皆様、どうか我家の嫁として認めてください」と挨拶をしたお父さんの毅然とした姿は、影で囁かれるくだらぬ噂を一蹴するに十分だった。

林業とは関係のない話で申し訳ないが、山村の今の姿と、こういったことと無関係なスタンスでは最終的に林業を語り切れないだろうという、僕の思いを少しお伝えしたくて長々と書きました。失礼。


[23] 河川局は、、、、 投稿者:ひろ 投稿日:2002/04/02(Tue) 05:13

河川局は、いったい何を考えてるんでしょうか?
こやまさん、タマリンさん、ご意見ありがうございます。
こやまさんの言うとおり、彼らは、現場を見ないんでしょうね
そこらへんの、資料集めて、これで何も考えない一般市民を
丸め込めるぞと、思って作ってるんでしょうか。
タマリンさん、ためになります。
確かに、一番の問題は、日本の住環境が問題なんでしょう
川と共存できない、住環境、しかし、それは、国が
共存しようと、考えてないんでしょうね
人工林はほっぽっといて、直ぐに金になる土建工事
一般の人々に、直ぐに目に付く事をやり、未来を結局考えて
無いと言っても過言でないですよ
しかし、考えて見てください
ダムを造るお金も、彼らの給料も、すべて我々の給料から
払ってるんですよ。税金という形で。
これから給料明細に、公務員給料XX%、
公共事業xx%と書いとけば、皆、親身になるんでしょうなー。

http://www.mlit.go.jp/river/opinion/midori_dam/midori_dam_index.html


[22] Re.どう思いますか? 国土交通省河川局様 投稿者:タマリン@Masanobu 投稿日:2002/03/31(Sun) 20:39

戦中戦後のハゲ山時代は集中豪雨があれば大変な洪水が起き、犠牲者をたくさん出しました。
そのハゲ山にはスギ・ヒノキの植林が奨励され、拡大造林のおかげで1千万ヘクタールという未曾有の人工林地ができました。現在はエネルギー革命と外材の流入と代替素材の出現で木が使われなくなり、たしかに一見青々とした山肌が広がっています。しかし、薪炭林とし使われていた広葉樹林はともかく、スギ・ヒノキの人工林の多くは間伐・枝打ちの手入れ不足で荒廃した森林環境になっています。1千万ヘクタールというと日本の全森林面積の4割強になるわけですが、奥山には人工林は少ないですから、当然ながら都市近郊の山、なだらかな山には人工林が集中することとなり、たとえば私の住む東京都西多摩郡日の出町では人工林率が8割を越えていると思われます(花粉もスゴイデス)。私の家の近所を流れる平井川は年間の半分は水が流れないところが出てきています。台風の時は恐ろしいほど濁流と化すのですが。現在はこんなふうにからからです。
http://tamarin.cside21.com/diary121.html
昨年秋の台風のときの写真があります。上の写真と同じ場所です。
http://tamarin.cside21.com/diary81.html
安定した水量を求めるならば、人工林を強度間伐して雑木の混じった健全な状態に手入れしていくのが大変重要です。広島大学の中根先生の調査によれば、弱齢の人工林の保水力は広葉樹2次林に比べて1/2という低さで、とくに手入れの行き届いていない人工林の山は非常に崩れやすい。さらに、集中豪雨の際、人工林は雨の吸収率が悪いのでピーク時には広葉樹2次林のなんと5〜6倍の水が出てしまうといいます。それはなぜか?  くわしくはこちらを読んでみて下さい。
http://tamarin.cside21.com/nakane.html
昨年私はタイの東南部を旅行したのですが、そこでスコールと洪水に出会いました。同行したカセサート大学理学部の元副学部長の先生の話では、東南部はタイでも降雨量の多い地域で、今回の程度の洪水は5年周期でやってくる。しかしこの洪水は原生林の腐葉土を農地に運び、農作物に豊かな実りを与える。つまり、洪水は決して悪ではないというのです。腐葉土は海にも流れ、沿岸に小魚や小エビの餌である良質のプランクトンを大量に発生させる。ところが、ダムで洪水調節した地域は、この肥料補給を失うため、化学肥料に頼り始めるといいます。もちろん沿岸魚漁にも大きな影響を与えることでしょう。
この観点からいけば、われわれ日本人は、人工林の手入れ不足で森林土壌を疲弊させ、かつダムに土砂を溜め込むという、2重の過ちを犯していることになるのではないでしょうか。
もちろん現在の日本の住環境(河川の扇状地にも住宅を密集して建ててしまった)で洪水を容認することはできません。しかし、新たなグランドデザインを考えるならばこれは大変示唆に富んだ話です。ダムを造らず、流域の森林整備を進めて、中下流域には氾濫原を確保しておき、そこを市民農園などで解放しておくようなプランも考えられる。なによりすばらしいのはダムによって分断されない自然の川の流れがある喜びです。間伐・枝打ちを推進し、土建業をこのような事業に導けば、実のあるお金の流れと新たな雇用も生まれる。
健全な人工林に導く間伐技術については以下を参照して下さい。
http://www2.tokai.or.jp/miraiju2001/ kan0.html
まずは「治山治水と森林環境について」「環境林に導く真の林業技術」(環境林と経済林は対立するものではありません)を、それぞれの関係者が真剣に勉強することが必要なんだと思います。

http://www2.tokai.or.jp/miraiju2001/


[21] Re[20]: どう思いますか? 投稿者:こやま 投稿日:2002/03/30(Sat) 22:12

> 本当に、河川局が言う
> ”現在は歴史上森林が良好に保存されている時期”
> なのでしょうか。どうも、彼らが言うことは信用できない。
>

良好な状態かどうかはさておき、樹木が林立し樹冠が山を覆い尽くしているという事については高いレベルにあると思います。
その時代に生きてた訳では無いので拾い読みした範囲の知識ですが
戦乱に明け暮れた時代や林木が領主の重要な資本であった時代の山林はかなり疲弊していたそうです。
一例を挙げれば、天然スギの産地として知られる秋田でも樹齢250年を超えるものは殆ど無いとのことです。これはそれ以前の時代にかなりの乱伐が行われていたことの現れだそうです。

ただ現在の様に奥地林分まで木材資源として利用(伐採)していたことは殆ど無かった様なので、今が森林の能力がピークであるというのは大きな間違いで土木事業を正当化する為のこじつけでしょうね。

また、表土の流亡が進む放置林分の植林前の姿を知らないので以前との比較は出来ませんが、現在の能力を高める余地はかなり有ると断言できます。

国土交省の河川局のHPは歩いて見るのが嫌なのでフィールドを無視して航空写真による俯瞰で評価した結果でしょう。







[20] どう思いますか? 投稿者:ひろ 投稿日:2002/03/30(Sat) 07:50

山村と言えば、ダムと、こじ付けかもしれませんが。
国土交省の河川局のHPを見てて、緑のダムの事が書いてありまして
どうも納得がいかず、現場で働いてる皆さんの意見が聞きたいのですが。


○「緑のダム」による治水機能の代替は可能か?
我が国は、世界の中でも北欧諸国等に次ぎ森林面積率の高い国です。
治水計画は、こうした森林の保水機能を前提に計画されています。
国土面積の約2/3を森林が占め、現在は歴史上森林が良好に保存されている時期に属し、これ以上森林を増加させる余地は少ない状況です。
従って、必要な治水機能の確保を、森林の整備のみで対応することは不可能です。
(国土交通省河川局ホームページより)アドレスは一番下

しかし、皆さんが言われてるよう、間伐もままならない
針葉樹の地表が剥き出しの森林で、治水が出来るのでしょうか?
(私は、実際、皆さんの様に、山に入ってないので、
現場を見てないので、詳しく山の状況を述べられませんが)

本当に、河川局が言う
”現在は歴史上森林が良好に保存されている時期”
なのでしょうか。どうも、彼らが言うことは信用できない。

現場の皆さんからの目で見て感じた意見を聞かせてください。

http://www.mlit.go.jp/river/opinion/midori_dam/midori_dam_index.html


[19] 「牙のない狼」 投稿者:sone 投稿日:2002/02/16(Sat) 18:41

森の中に狼が住んでいました。

他の動物達は仲良く、毎日楽しく暮らしていました。ですが狼は仲間に入れてもらえません。独りぼっちの狼・・・。

狼は他の動物達が羨ましく自分も仲間に入れて欲しいと思いました。ある日、狼は動物達に仲間に入れてくれるように頼みました。うさぎがいいます。
「その牙があるかぎり仲間にはできないよ。」
他の動物達も口をそろえていいます。
「その牙がなかったらねぇ。」
その言葉を聞いた狼は、石を手に取り
「えいっ、えいっ。」
「ばきっ」
と牙をたたき折ってしまいました。
狼は動物達の仲間に入れてもらいました。

狼がほかの動物達と仲良く暮らすようになったある日のことです。遠くで銃声が響いています。どうやら人間が戦争をしているようです。

数日が過ぎ、狼が森の中を歩いていると、声が聞こえてきます。
「おーい、だれか、だれかいないか。助けてくれ。水を、水をくれ。」
どうやら傷ついて目をやられてしまった兵士のようです。
狼は水を飲ませてあげました。
兵士は
「ありがとう。君はだれだい。」
狼は
「・・・。羊。羊だよ。」
と答えました。
「羊か・・・。オレはジョン、ありがとう。」

狼はそれから、食べ物や水をジョンに運ぶようになりました。
数日が過ぎたある日のこと、狼がジョンに食べ物持ってきたときのことです。森の中から数人の足音が聞こえます。
「ジョン。ジョン。どこにいる。ジョン・・・。」
と呼び声も聞こえます。
どうやら、助けがきたようです。
「おーい、おれならここにいるぞー。」
「ジョンがいたぞ、そっちだ。」
足音が近づいてきます。
「ジョンがいたぞー。」「・・・や、や、狼がいるぞ。ジョン危ない。」

バ・バーン

「何事だ。なにがおこった。オレのそばにいたのは羊だろ。羊じゃないのか。」
「いや、狼だ。」
「この狼、牙がないぞ・・・。」

「牙のない狼」のお話でした。


[18] 私の愛車もジムニーです 投稿者:みずの 投稿日:2002/02/15(Fri) 23:24

よくご無事で。

勝手なのか請われたのか、について。
やっぱり私の結論は勝手にです。色々な理由で自治体等が移住の斡旋をしています。が、決心したのはIターン個人であること。斡旋したのは行政などであって、訳の分からんことをウダウダ言うオッサンではないこと。斡旋したら、した責任があると思うのですが、森組にしても連合会にしても行政にしても聞くところいい加減みたいですね。

王・長嶋はちょっと・・・??


[17] Re[13]: お懐かしゅうございます 投稿者:peewee 投稿日:2002/02/15(Fri) 00:23

> peeweeさん、ご無沙汰です。
> もっとすばらしい天国へ移られたのかと思っていました。

先日、和歌山を愛車ジムニ−で走っていた所、思いがけぬ大雪に見舞われました。二輪駆動で走っていたので早く安全な所に停めて四輪駆動にしないとと思った矢先、ハンドルが効かなくなり対向車線へスルスルと滑り出し、対向車とあわや正面衝突か!と思いきや寸前で停まり、危うく「本物の天国」に行くのを免れました(もし正面衝突していても本物の天国に行けたかどうか)。

前回の私の書き込みを読み返してみた所、どうも堅いと言うか、きついと言うかそんな感じの論調になっているような気がして、多少ニュアンスが違うんだけどな、と思いつつも、ちょっとみずのさんとの相違点を考えてみます。

> 「郷に入ったら郷に従え」・・・にある、peeweeさんのお考えにはほぼ同感です。ただし、
> イ)こういう考えは都会から勝手に山村に移った側のモノであること

みずのさんは「勝手に山村に移った側」とおっしゃいますが、私は「B−ing 関西版」の求人情報を見て応募し、森林組合に入りました。私だけでは無く多くの人が同じような方法で森林組合に入って来たのでは無いでしょうか。また、地方によっては林業従事者の高齢化や人手不足を補うためばかりで無く、山村の過疎化対策として、森林組合への都会からの新規参入者を役場がバックアップしている所も有ります。つまり、私達は請われて山村にやって来たのでは無いでしょうか?

> ロ)理不尽と感じても、見方を変えればお互いに相手を自分にあわさせようとしている可能性があること

たしかにその通りです。相手を自分に合わせるのが自分にとっては最も心地よいのですから。自分の居場所を心地よくする努力をする事は悪い事では無いと思います。もちろん、それが過度な自己主張にならないように気をつけないと行けませんが。

> ハ)往々にして都会は山村を気づかぬうちに蔑視し、山村には都会に対する被害者意識が潜在・顕在していること

私もそう思います。付け加えるなら、山村は山行きを蔑視しています。

私が思うには、みずのさんは野球で言うと王貞治や長島茂雄で、私は落合博満なんじゃ無いだろうかと。その昔、王、長島の現役現役時代。契約更改の時、球団が提示した年俸を一度も交渉せずにはんこを押していたそうです。そのため二人は大スターであったにもかかわらず、大リーグの選手などと比べて安い給料で働いて居たそうです。そのため、他の選手も「あの王や長嶋でさえこんな給料なんだからお前達はこんなもんや」と年俸を押さえられていたそうです。王も長嶋も野球が出来るって事が一番で、お金やその他の事は二の次だったのでしょう。しかし、落合はそれではダメだと思い、球団と交渉し、自分の年俸を上げる事によって、それまで上限だった王や長嶋の年俸を超える事が可能になったって事です。
私は自分が落合であると言いましたが、私が落合になるためには一つ大きな問題が有ります。それは落合選手にはそれだけの才能が有ったって事です。

私は何もかも自分の意見を通そうとは思ってません。細かい事は多少理不尽な事であっても黙って受け入れる事が多いです。でも、どうしても納得行かない事は話し合い理解しあえるように努力します。

ちなみに、私が京都で家を追い出されて立退料をもらった話ですが、あれは立退料を請求したら話し合いに来るだろうと思ってした事で、結果的に相手が金を払った方が楽だと思ったのか話し合いに来なかったって事が、私としては計算違いでした。


[16] 爪を隠せ 投稿者:背出正行 投稿日:2002/02/12(Tue) 18:38

みなさんこんにちは。はじめまして。よろしくお願いします。
私は、輪島市から隣の柳田村に転入しました。
私の先輩友人は「背出さん、爪を隠せよ」とアドバイスを受けました。
私の思いはあるのですが、村の方と接する度に、
「ああ、この方には私の思いが理解出来ないだろうなあ」と感じることが多くありました。
そんな時は、ただ相手のお話を伺うだけで、ただ相手の幸せを願うような言葉を探しては、話をしていました。
1年かけて、古家を一人で直し、朽ち果てた納屋を改修しました。
人には、いつも頭を下げていました。何しろ私は、新米ものですから。
地元の森林組合に入り、黙々と働いていました。
村議会議員の選挙があり、ちらっと親方に「私も立候補しようかなあ」
と言ったことから、親方を通して、人口5000人の村中に知られました。
名も顔も知らない方から、「あんた立候補するんか? 頑張ってね」と何度も声をかけられました。
結局、立候補はしなかったのですが、私は村の人を知らないのに、
村の人は、みんな私を知っていることに驚きました。
ますます謙虚な姿勢で暮らしていかないといけないなあと感じた次第です。
今は、輪島の本宅にいるよりも、村の借り家にいる方が、自然で、落ち着くのです。
こんな生き方もあるということで、書いてみました。
有り難うございました。



http://www.nsknet.or.jp/~senade/


[15] Re[14]: パートナー 投稿者:みずの 投稿日:2002/02/10(Sun) 23:43

うーん、どうでしょうか?
間違っていたらゴメンナサイですが、ひらまりさんのご意見にはやや高飛車な感じを受けます。村の中で警戒され、浮いた存在になることが後から入ってくる人たちのプラスになるでしょうか?何よりも現在のご自身が楽しくないでしょう?当たり前も普通も自分のモノサシです。気持ちは分かりますが、どこでも通用するわけではありません。村の人たちもひらまりさんに対してムカついているかも知れません。以前に書きましたが、こびる必要はありませんが、郷に入ったのならまず郷をそのまま認めること、郷に流れる空気をいたずらに乱さないこと、決して息を潜めて生きるのではないですよ。そういった移住者の姿勢は村に伝わります。それからやっと村が移住者を確認し始めます。認められるなんてのは、そのずっと後のことです。むかつく気持ちもよーく分かりますが、私はそう思います。ひらまりさんが味わった苦痛や尽くした努力を私は知りません。私自身にも言えることですが、また、何についても言えるのですが、どんなに頑張ったつもりでも届いてなければ足りないのでしょう。

難しい問題です。
お気を悪くされたでしょう。勝手なことを言ってすいません。


[14] パートナー 投稿者:ひらまり 投稿日:2002/02/09(Sat) 20:38

うちは旦那が親方で私が後輩&パートナーなのですが超スパルタですね。危ない仕事なので当たり前って行っちゃ当たり前ですが。なので喧嘩などすると危なくて山に行けません。周りの人は夫婦で同じ仕事が出来て良いねぇと言われますが難しいところです。

peeweeさん、同感です。うちはもう田舎暮らし6年目ですが当たり前のことを普通に抗議や問いただしたりするのが重なるにつれ村人の警戒度が増すようで村の中では浮いた存在です。でもそう言う人が入っていって言わないと後から来る人がまたしんどい思いをすると思います。だってこれからどう考えてもIターンが多くなるから。

みずのさん私も、同じような煮えくりかえる思いしたことある・・。
でも悪気はなさそうなんですよねぇ。それが余計むかつくんだけど。
だから今は本当に自分が快適に生活できるように友達は外に沢山居るし距離を置いて村と付き合ってます。


[13] お懐かしゅうございます 投稿者:みずの 投稿日:2002/02/08(Fri) 20:16

peeweeさん、ご無沙汰です。
もっとすばらしい天国へ移られたのかと思っていました。

仕事を教えることは、神経が疲れます。一人でやっていた方が楽だと思うこともありますが、それも寂しい話です。仕事のパートナーが友人だとついつい甘くなりがちですが、締めるところは厳しく締めて明日のヤマイキを育ててください。

peeweeさんがよそ者の立場で感じている「なんじゃこりゃー?的感覚」に嫌気がさして都会に出ていく山村青年も多いのじゃないでしょうか?10年ぐらい都会で暮らして村に戻ると10年ぐらいは違和感があると言います。でも、なんだかんだで物言わぬ村人に戻っていくことが多いようです。
村の人が都会からの移住者に対して悪気の有無に関わらず思慮浅く、思いやりのない対応をすることは、よく耳にすることです。私もハラワタ煮えくりかえり、「名古屋へ出ていった貴様らの息子や娘を苛め倒してやろうか」などと(私は名古屋出身です)恐ろしい悪魔に変身しかけたこともありました。
「郷に入ったら郷に従え」・・・にある、peeweeさんのお考えにはほぼ同感です。ただし、
イ)こういう考えは都会から勝手に山村に移った側のモノであること
ロ)理不尽と感じても、見方を変えればお互いに相手を自分にあわさせようとしている可能性があること
ハ)往々にして都会は山村を気づかぬうちに蔑視し、山村には都会に対する被害者意識が潜在・顕在していること
等の点で、若干アプローチの仕方が違うのかも知れません。
言うべきことを言うようにされているpeeweeさんがうまくやっているとしても、それはpeeweeさんのキャラクターなり、方法なり、頭が良い訳で、誰でもうまくいくとは限らないでしょう。peeweeさんの処世術はどんなものでしょう?



[12] あけまして・・・ 投稿者:peewee 投稿日:2002/02/08(Fri) 13:04

おめでとうと言うにはもう遅すぎますが、パソコンの故障で今までごぶさたしていました。

この冬は大雪に見舞われた所が多い様ですが、みなさん無事にお過ごしですか? 私の所はこの冬あまり雪は降らなかったみたいで、今は日陰の所に少し残ってるくらいです。

ところで、この春から新しい相棒が出来る事になり増た。去年まで一緒にやってた相棒は、事故などが重なって辞めてしまいました。で、今度の相棒は大学時代の同級生で造園の経験はあっても林業の経験はなし、奥さんと愛い子供がいるので頑張ってもらわないとダメなんですが、初心者に無理をさせるつもりはありません。始めはゆっくりと、確実な仕事ができるように指導して行くつもりです。

みずのさんへ
「郷に入りては郷に従え」と言うことわざがあります。これは、よそ者はその土地の風俗習慣に従えと言う事です。今、山村では、若者が都会に出て行き、少子高齢化が進みますます過疎化が進行しています。そんな山村に、地元の人すら見向きもしなくなった山仕事をするために都会から若者が入って来ても「郷に入りては郷に従え」とばかりにあれこれと注文や難くせを付けて来て、それに堪えかねて出て行ったりすると「やっぱり都会の人間には勤まらん」とか「あいつは最初からダメだと思ってた」などと非難するばかりで地元の対応を反省する事など全くない(特に京都では)。これではよそ者の定着率が悪くなり、お互いに損をするだけです。だから地元の人もそれまでの慣習に捕われず、よそ者にも歩み寄る必要が有るのではないでしょうか。そのために私は言うべき事を言うように努力しています。


[11] 大雪の洗礼 投稿者:みずの 投稿日:2002/01/19(Sat) 20:10

Topページにも書きましたが大変な雪でした。21年ぶりの大雪だったみたいです。隣の町では家屋の倒壊がありました。そこら中の造林地でTopの写真のような雪折れの被害が出ました。雪の重みで建具が動かなくなり、家の周りは腰まで埋まってラッセルしなければ歩けませんでした。二度目の雪下ろしで屋根に上がったら、胸まで雪に埋まりました。農家のハウスの被害は珍しくなく、道路は厚さ10cm近い氷に覆われました。雪かき・雪下ろしは毎日のことで、車2台をいつでも出せるようにするだけで2時間近くかかることもありました。夕方帰宅して、作業、メシ、風呂が終わるとだいたい22:30から23:30。「頼むから止んでくれー」と、神様にお願いしながら床につくのでした。

豪雪地帯の方には笑われるかも知れませんが、多雪地帯の洗礼を受けたような気がしています。あらゆる人の都合を無視して自然の営みは繰り返されます。風邪で熱があろうが、仕事が忙しかろうが、生活時間のほとんどを雪に費やさなければならない。多雪地帯の人たちはそうやって生きてきたのです。時には風であり、雨であり、そういった全てを前提に山村の暮らしがあり、その暮らしの中の一つに林業があります。だからますます林業が好きになりました。

少しでも山村への移住、就林をお考えの方の参考にしていただけましたら幸いです。


[10] Re[9]: その昔、まだ地獄に居た頃。 投稿者:みずの 投稿日:2002/01/14(Mon) 19:55

peeweeさん、水野です。
多少状況は違いますが似たような経験は私にもあります。
納得いかないし、腹も立ちます。でも、ココはある意味日本じゃないんだ、法律も独自の物があるんだと学びました。それも山村なのだと。都会の常識や習慣はすっかり捨てないと混乱します。

そんな状態で都会の人間を相手に観光で稼ごうというのですから、無理があると言うものです。コンサルに食われて当然です。

山村では個々に抱く価値観は表に出すものではなく、村落共同体における幻想としての価値観が事を左右します。もう少し範囲を狭めると、飲み会においての価値観が幅を利かせます。場合によっては、地域ボスの見栄の張り合い的状況になります。

でも、日々の暮らしの中では「なんじゃこりゃー?」と思うことよりも「ありがたいなー」と思うことの方が多いことは確かです。ご近所との立ち話や、子供を交えての接点では随分ストレートな個を感じることができホノボノできます。


[9] その昔、まだ地獄に居た頃。 投稿者:peewee 投稿日:2001/12/18(Tue) 00:02

私がまだ京都に居た頃の話です。

寮と言う名のプレハブの飯場から、森林組合が借りてくれた一戸建ての古屋に住み替えて数カ月後、組合から一本の電話が有り「御盆までに出て行ってくれ」と言われました。その日が8月の10日くらいだったと思います。「え〜、今から御盆までに引っ越しなんてどうしたらいいんだろ?」って思ってしばらく悩んでいた私は「でも、なんで出て行かなくちゃならないんだろ?」と、疑問を抱き、森林組合に出向いて当時の参事に聞いてみました。すると「地主さんが他の家を売りたいから、その家に住んでる人をお前が住んでる家に移すためにお前に出て行って欲しいそうや。」との答え。「じゃあ、私に落ち度が有って出て行けと言うんじゃ無いですね?」と聞いたところ「そや。」との返事。ならば、って事で、私は立退料を請求しました。「なんぼや?」と聞かれたので、ちょっと無茶な数字にしょうと思って「○○万円!」と、ちょっとびびりながら答えると「そらちょっと高いな」と参事。しかし、私としては腹が立って我慢ならなかったのです。なぜなら、その家の地主と言うのが私が森林組合に入った当時、組合長をしていた人で、私の面接にも立ち会っていて「難しい事は考えずに飛び込んで来なさい!」と、言うような事をおっしゃっていた人で、私が住んでいた古屋のすぐ向いに住んでいて、立ち退き話が出るまで一切立ち退きの話もして来なかったとこ、立ち退きの話をしにこなかった理由として「君が居なかったからや」と言いつつも、その頃京都選出の某有名自民党議院と韓国旅行をしていたと言う事を、私が知っていたからです。「韓国を捜しまわったって、京都の山の中を這いずり回ってる私を見つける事は出来ない!」 ってことで、法外な立退料を請求すれば「もう少し負けてくれ」と言いに来るだろうと思って、ちょっと高めの請求をしてみました。
案の定やって来たのですが、プライドが許さないのか「負けてくれ」とは言いませんでした。その後、前組合長でも有るせいか、森林組合から「もう少し負けてくれ」と言って来ました。
今の私だったらそこからもっといろいろ条件を吹っかけたりしたかも知れませんが、当時の私はバカバカしくなってきて10パーセントoffで手を打つ事にしました。
そんなわけで、またもとの飯場生活。
その年度末にその森林組合を辞めて、新年度に今の森林組合に入りましたとさ。


[8] 高いんですねー!! 投稿者:こびん 投稿日:2001/12/09(Sun) 12:09

ホントにうちは恵まれているなーと思います。

近所の人とは車ですれ違う程度で、主に大家さんとしか付き合ってません。引っ越してきてすぐに、大家さんに連れられてご近所挨拶ツアーに行きましたが、みんないい人でしたよ(大家さんの顔でしょうが)。


[7] Re[6]: こんちわー。住宅事情などを・・・ 投稿者:みずの 投稿日:2001/12/08(Sat) 00:49

各県には「林業労働力確保支援センター」というところがあって、新規就林者(ほとんどがIターン)のお世話をしています。が、住宅まではお世話してくれないみたいです。仕事だけ用意しても住むところがなきゃどーすんの?就職先の事業体がなんとかしてるみたいですけど私の近所は家賃高いですよ。中山間地域の中心街(郡上八幡のことですけど)だと1Kで¥50000ですよ。ジョーダンじゃねーよ。八幡から奥に入った明宝村(私のいる村ですが)でも2Kで¥40000。アンビリーバブルです。

山村の過疎化対策とか、林業労働者の雇用促進とか言ってますけど、本気なのか疑わしくなります。

こびんさんは、すごくいい大家さんに出会えて良かったですね。ウマヤラシー。近所の人たちとは、うまくいってますか?


[6] こんちわー。住宅事情などを・・・ 投稿者:こびん 投稿日:2001/12/02(Sun) 19:14

私はまだ就林したわけではありませんがIターンで旦那と共に田舎に引っ越してきたので参考までに・・・。

うちは、山に土地を買って、そこに家を建てるつもりで引っ越してきましたが、たまたまその時の不動産屋さんがIターンに協力的で「あそこの家が空いてるから、交渉してやる」といって話を付けてくれました。

敷金礼金いっさい無し・一番近いお隣まで200mぐらい(うるさい近所付き合いもない)・大家さんがすごくいい人(主人の就職の世話もしてくれた)・五右衛門風呂(ボイラーも瞬間湯沸かし器も何も無し)・築40年以上の古い家・仕切れば5DKになるのかな?結構広い・庭も広い(ワンこ大喜び!)・家賃1万5千円です。

古い家なので不都合もありますがここに金を掛けてもしょうがないので我慢して暮らしています。1万5千円にしちゃ上出来ですよねー。


[5] 住宅難 投稿者:みずの 投稿日:2001/11/02(Fri) 20:35

就林された皆さんはどんなところにお住いなんでしょうか?で、家賃はどのくらいなんでしょうか?最近は山村でも「なんでやねん」と思うような家賃を提示される話を聞きます。「田舎は生活費が少なくて済むでしょ?」なんて、名古屋の人に言われますが、私の生活費は名古屋時代の方が少なかったですよ。山村は全ての物価が高く、冬の暖房費がかなり必要です。移動は自動車に頼らざるを得ないので、ガソリンの消費量も都会生活の比ではありません。地域のつき合いに交ぜていただけば、区費や婦人会費、テレビ組合費などなど出費はチリが積もって山となります。ちなみに我家は古い民家をお借りしているのですが、床も壁もボロボロだったので、水回りの工事も含めて修理に180万円かかりました。当時の家賃は2万円。3年経って、いきなり立ち退きを迫られて(都会での賃貸常識は通用しない)、なんとか1年先延ばしにして家賃は3万円。修理費も含めて計算すると家賃は6万円になります。他の物件が無く、選択するコトができない以上大家の言いなりになるしかありません。
皆さんの住宅情報をお寄せください。もちろん暮らし全般お待ちしています。


[4] どもども 投稿者:ひらまり 投稿日:2001/10/30(Tue) 11:39

いやいや、私は今日もお休みで、お香など焚いてリフレッシュしております。ところで長いレスどうもです。私この様な事を書いておりますがかなり人付き合いは良い方なんですよ。初めはみんなの家に押しかけてって名前全員覚えようとか張り切ってましたし。(笑)今は開き直りの精神で逆に自分からやってみようと言う感じになってますし。

きっと周りの人から見たら超溶け込んでるように見えるんじゃないですかね。ただすっごく小さな所なので人が少ない分話が通じる人がまた少ないっていう事がネックです。みんな悪い人じゃないんだけど根本からわからないっていうのがツライのです。

ボランティアで色々やることは全然かまわないのですがそれを当たり前だと思ってる人たち。こっちは食べていくのも精一杯なのに仕事休んで色々やらなくてはならなかったり。確かに良いところもありますがこれからは外から人が入ってきたりするのが多くなるのだから理解するべき事もあるんじゃないかと思うのです。

私達は比較的村の中ではアウトロー的な人種で新しく入ってきた人たちは家で愚痴を言ったりなんだりします。みーんな外では良い子で我慢してるからなぁ。謙虚は謙虚だけどそれにつけあがってくるというのも困りますねぇ。あれ?また愚痴っぽくなってしまった・・・。

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[3] Re[2]: 初めまして 投稿者:みずの 投稿日:2001/10/29(Mon) 23:36

ひらまりさん、はじめまして。投稿第一号ありがとうございます。末永いお付合いをお願いします。

ひらまりさんの投稿をうちのカミさんが読んで、なんかぶつぶつ言ってました。悪口ではなく、「そうかー、そうだよねー」とか「まだ若いんだー」とかです。彼女も東京から岐阜の山奥に来て「何じゃこりゃー」の毎日だったと思います。山村で暮らす際、色々なポイントがあります。僕が一番嫌いなのは、いたずらに自己主張を通そうとすることです。郷に入ったら郷に従えとはよく言ったもので、そうすることで、とても暮らしやすくなります。これは自分を捨てて地域に合わせるということではありません。そんなことをしていたら死んでしまいます。山村での自分は新参者です。これまでの経歴も実績も関係ありません。例えば、5分で済む話しに3時間かけるのが、そこのやり方だったら、良いとか悪いとかじゃなくて、そういうことなんです。新参者は、いや、そうじゃなくてもそこのやり方は尊重すべきものだと思います。「バッカじゃないの」と思うこともよくありますが、それを顔に出したところで、お互い不愉快になるだけで何も生み出しません。謙虚な姿勢が、何をするにも大切なことではないでしょうか?ウチのカミさんは4年目にして、スポーツとかお寺さんに自分から行くようになりました。子供ができて、乳幼児学級のつき合いができたことも変化の要因だと思います。近所のおばさん達もあれこれと気にしてくれて、私たちが法人を立ち上げたことが新聞に載ってから、いただける野菜や米の量が増えました。山村に暮らしていれば、林業での「起業=しばらく飯は食えないぞ」って事は当たり前のこととして理解されるんですよね。カミさんもよくしてもらってるおばちゃんにネギくださいとか、ピーマンすごーくおいしかったですー、とか言ってはゲットしてきます。お互い様というか、困ってる奴は余裕のある奴がフォローする生き方が私の回りにはまだあります。郷に入るってことは、共通の価値観を理解するって事だと思います。いいとか悪いとかじゃなくて、暗黙の了解を知ったうえで、受けながら避けながら納めていく事じゃないでしょうか。

ひらまりさんのサイトで作品を見ていて、自分もこういうことがしたいんだよなー、って久しぶりに思い出しました。ほっとしました。
ありがとうございました。

今後ともよろしくお願いいたします。


[2] 初めまして 投稿者:ひらまり 投稿日:2001/10/29(Mon) 11:52

何処のBBSに書き込めばいいか迷いましたがとりあえず暮らしの事について。旦那が先にIターンで就林して私も後から結婚して山で働く事になりました。旦那は5年目私は4年目です。田舎に暮らして味わう酸いも甘いもだいたい味わったかな?というような感じです。

本当に山仕事やっている私達の立場は弱いですね。最初に一年目はまだ新しい人が入ってきて嬉しいわぁ。というような感じだったのが途中から村の人たちがどう思っているのがわかってきましたね。「こんな所に危険で儲からない仕事をしに来るなんて物好き」とだいたいの人は思ってますね。元々林業をやっていたお爺さん婆さんでさえそうなのですから。

良く言われるのが「あなたみたいな人が林業やってるなんてもったいない。」一見ほめてるように聞こえますが林業なんて何も取り柄のない人がやるモノなのにと言う考えが見えてきます。技術的にはすごい仕事でやっていた本人達が誇りをもてないというのは悲しい現実ですよね。儲かる儲からないが全てじゃないんだけどなぁ。

私は山仕事もやりますが家のことも村の付き合いもあります。祭りや葬式、たまの休みを使って村のスポーツの試合などもあります。初めは何とか村の人たちの中に溶け込まなければと思い出来る限りのことはやっていたつもりですが努力しても報われないんだなぁと思って自分が壊れる寸前で断れるスポーツなどの付き合いは断りました。

周りは色々言っているかもしれませんが今は気にせず自分が毎日楽しく生活するというのを一番に考えて生活しています。私は20才の時に来たのでそれもあって人間不信になったりしましたがやっぱり同じように村に来る若い女性は色々苦労が多いです。立場弱いからね。

なので林業就労を考えている方は同じ様な先人がいると楽かもしれません。友達いるといないのでは全然違いますからね。

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